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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)1945号 判決

原告 有限会社 甲山コーヒー

右代表者代表取締役 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 小林克典

同 山嵜進

被告 日東商事株式会社

右代表者代表取締役 宇田雅子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 鹿野琢見

同 小玉政吉

同 鈴木秀男

同 赤尾直人

同 成海和正

同 吉田慶子

被告 乙山春夫

主文

一  原告と被告日東商事株式会社との間で、原告が別紙物件目録記載の物件につき賃借権を有することを確認する。

二  被告股部光伸は、原告に対し、別紙物件目録記載の物件を明渡せ。

三  被告乙山春夫は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一二月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用のうち原告と被告乙山春夫との間に生じたものは同被告の負担とし、その余の被告らとの間に生じたものは、これを三分しその一を原告の、その余を右被告らの負担とする。

六  この判決の第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  主文第一項同旨。

二  主文第二項同旨。

三  被告らは、各自、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一二月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  第二、三項についての仮執行宣言。

(被告日東商事、同塚田、同股部)(以下被告日東商事らという)

一  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、昭和五三年八月三一日、被告日東商事から、別紙物件目録記載の店舗(以下本件店舗という)を別紙賃借権目録記載の条件で賃借し(以下本件賃貸借契約という)、その引渡しをうけた。

原告と被告日東商事は、昭和五四年九月末日、本件賃貸借契約を昭和五七年九月末日まで更新する旨合意し、原告は、引続き本件店舗を賃借していた。

(二)  しかるところ、原告の取締役であった被告乙山は、昭和五六年一一月二六日、被告股部との間に、原告を譲渡人、被告股部を譲受人として、原告の本件店舗に対する賃借権及び設備一切を被告股部に一〇八〇万円で譲渡する旨の権利譲渡契約(以下本件譲渡契約という)を締結した。

(三)  しかし、原告は、被告乙山に右譲渡契約締結の権限を与えたことはなく、右契約は、被告乙山が譲渡金を横領する目的で原告に無断で締結したものであり、被告乙山は、右譲渡金を拐帯して所在を不明にした。

(四)  しかるに、被告日東商事は、本件譲渡契約を有効なものであると主張して原告が本件店舗につき賃借権を有することを否定し、被告股部は、右譲渡契約により本件店舗の賃借権を取得しその賃借人となったものである旨主張してこれを占有している。

(五)1  これは、被告日東商事とその取締役である被告塚田が、かつて、原告が本件賃貸契約の賃料の支払いを滞っていたことがあることや本件店舗においていわゆるファッション喫茶の経営が行われていたことから原告を不良賃借人と断じ、原告を本件店舗から退去させるため被告乙山が右譲渡契約締結の権限を有しないことを知りつつ、あえて被告乙山の右不法行為に加担し、被告塚田が被告股部の代理人となって前記契約を締結したものである。

2 仮に、そうでないとしても、被告日東商事と被告塚田は、(イ)本件賃貸借契約締結後間もない昭和五三年九月頃、当時原告代表者と内縁関係にあった被告乙山が原告の金員一〇〇万円と本件賃貸借契約の契約書や保証金預り証を持って家出をした際、原告代表者から右事情を打ち明けられて同人に右契約書及び保証金預り証を再交付し、同人から被告乙山は本件賃貸借契約については何ら処分権限を有しないものであるから同被告に何か不審な動きがあったときは連絡してほしい旨の依頼を受けこれを了承していたこと、(ロ)被告乙山はその後三か月程して原告代表者のもとにもどり内縁関係を復活して昭和五四年六月頃正式に婚姻したが、昭和五五年九月頃再び家出して原告代表者との連絡を絶ったものであり、原告代表者は、折にふれて被告塚田に対し、被告乙山に不審な行動があれば直ちに連絡してほしい旨依頼しておいたところ、被告塚田はこれを了承し、昭和五六年一月頃、被告乙山が本件物件の賃借権や設備品等を売却しようと画策していることを察知した原告代表者が、改めて、被告塚田に対し被告乙山を相手にしないでほしい旨申入れた際にも、同被告はこれを了承し原告代表者に「店の代表者は貴女なので心配するに及ばない」旨確約してくれていたこと、(ハ)原告は、昭和五三年九月一日、被告日東商事の承諾のもとに、訴外有限会社パウリスタから本件店舗の賃借権を営業権、造作設備、什器備品一切とともに一六五〇万円で譲受けたものであるが、被告日東商事や被告塚田は、もちろん、右事実を承知しており、本件譲渡契約における譲渡代金一〇八〇万円が右原告の取得代金や世間一般の相場からみて不当に廉価なものであるとを充分認識していた筈であるから、原告がその唯一の営業業用財産である本件賃借権等をそのように廉い価格で手離すことはありえず、被告乙山が本件店舗の賃借権等を処分する権限を有しないことを当然知りうべき状況にあったと考えられること、等の事情からみると、被告塚田は被告股部を代理して本件譲渡契約締結の交渉をなすにあたって、また、被告日東商事としては右譲渡を承認し被告股部を本件店舗の新たな賃借人と認めて同被告との契約関係に入るに先立ち、原告に対し、被告乙山の処分権限の有無を問合せこれを確認してから、被告乙山と交渉し契約を締結すべき注意義務があるのに、これを怠り、むしろ、原告を本件店舗から退去させるためにあえて右確認を行わないまま被告乙山との間で本件譲渡契約を締結したものであることが明らかであり、右は、被告塚田が被告日東商事の事業の執行につき行ったものである。

3 そして、被告股部は、被告塚田に被告乙山との交渉を一任し、被告塚田を代理人としてその衝にあたらせたものであるから、被告塚田の前記故意又は過失に基づく行為についての責任を免れない。

また、被告股部自身、本件譲渡契約の対象である本件賃借権が原告にとって営業上の重要な財産であることを認識しており、かつ、前記譲渡価格が世間相場に比し異常に低額であることを認識していた筈であるから、当然、原告の代表者でない被告乙山が真実、本件店舗の賃借権等を処分する権限を有するか否かについて疑問を持ち、その権限を有することを確認してから本件譲渡契約を締結すべき注意義務があるのに、これを怠り、廉価に本件店舗の賃借権等を取得するため、あえて右契約を締結したものである。

(六)  原告は、その後、本件譲渡契約が締結されたことを知り、被告塚田に右譲渡契約は、何ら処分権限のない被告乙山が原告に無断でなしたものである旨主張して交渉したが埓があかず、被告股部が本件店舗の改装工事をはじめた際、譲受人を確認すべく本件店舗のあるビルの管理人等に問合せたりしたが、右関係者らは口をつぐんで何ら応答しなかった。

そこで、原告は、やむなく本訴代理人らに本件訴訟の提起を委任し、着手金及び報酬として金一〇〇万円を支払うことを約し、内金五〇万円は既に支払った。

右は、被告らの前記不法な譲渡契約の締結と不当な抗争により支出負担を余儀なくされたものであり、原告は、被告らの右不法行為により、これと同額の損害を蒙った。

(七)  よって、原告は、被告日東商事に対し、原告が本件店舗につき本件賃借権を有していることの確認を、被告股部に対しては、本件賃借権に基づく本件店舗の明渡しを求めるほか、被告ら全員に対し、民法七〇九条(被告日東商事に対しては同法七一五条も適用)に基づき、右損害金一〇〇万円及びこれに対する不法行為以後の日である昭和五六年一二月一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告乙山は、公示送達の方法による適式な呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

三  被告日東商事らの答弁

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実は認める。

(五)  同(五)1の事実のうち、被告塚田が被告日東商事の取締役であること、原告が本件賃貸借契約の賃料の支払いを滞っていたことがあること、本件店舗においてファション喫茶の営業が行われていたことがあることは認めるが、その余の事実は否認する。同(五)2の事実のうち、昭和五三年九月頃、原告代表者から、被告塚田に対し当時内縁関係にあった被告乙山が本件賃貸借契約の契約書や保証金預り証を持ち出したが、同被告は相手にしないでほしい旨の申入れがあり、原告代表者に右各書類を再交付したことがあること、被告乙山が原告代表者と内縁関係を復活した後、昭和五四年六月頃正式に婚姻したこと、原告が訴外パウリスタから本件店舗の賃借権を譲受けたものであること、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。同(五)3の事実は否認する。

(六)  同(六)の事実は争う。

四  被告日東商事らの抗弁

(一)  被告乙山の処分権限

原告代表者は、被告乙山に対し、本件譲渡契約を締結すべき権限を授与していた。このことは、右契約の契約書(乙第一号証)に、原告代表者自身が保管していた原告の実印が押捺されていることからみて、明らかである。

(二)  表見代理(民法一一〇条)

仮に、右授権がなかったとしても、原告は、表見代理の法理により、本件譲渡契約の効力を否定することは許されない。

1 原告代表者は、本件賃貸借契約締結当初から、被告乙山に対し、本件店舗における営業一切を委任し、商品の仕入れ、代金支払い、本件店舗の賃料の支払い等右営業のために必要な一切の行為をするための代理権を授与していた。

2 被告股部は、被告乙山が原告のために本件譲渡契約を締結する権限を有するものと信じて右契約の締結に応じたものであるが、そう信じるについては左記のとおり正当な理由がある。

(イ) 被告股部は、右契約締結に際し、被告乙山から同被告は原告の専務取締役であり右契約を締結すべき権限を有している旨の説明を受け、被告塚田からも被告乙山は前記のごとく原告の営業一切を任されている者であるとの説明を受けていた。

(ロ) 本件譲渡契約締結当時、被告乙山は原告代表者と夫婦であり、本件物件における営業は三か月前から休業状態にあったが、被告股部は、被告塚田から右事情を聞かされており、被告股部が原告の専務取締役で原告代表者の夫である被告乙山の意向は即原告の意向であると考えても何ら不自然ではない状況にあった。

(ハ) しかも、被告乙山が持参した右譲渡契約の契約書(乙第一号証)には、原告代表者のものと思われる筆跡で原告の住所氏名が表記されその名下には原告の実印によって本件賃貸借契約の契約書に押捺されているものと同一の印影が顕出されていた。

1 被告塚田は、被告乙山が前記のとおり基本代理権を有していたことと被告乙山から本件店舗における営業が休業状態にあることを聞かされ、かつ、自からこれを現認したこと及び右署名捺印から被告乙山に本件譲渡契約締結の権限ありと信じ、そう信じたからこそ被告股部にその旨説明したものであり、被告塚田や被告股部が被告乙山に本件譲渡契約締結の権限ありと信ずるについては正当な理由があった。

(三)  表見代表(有限会社法三二条、商法二六二条)

1 被告乙山は、日頃本件店舗における喫茶店の営業一切を取り仕切り、原告の専務取締役と称し従業員や取引関係者からも専務と呼ばれていた。

2 一方、原告代表者は、本件店舗における喫茶店の経営一切を被告乙山に一任すると同時に、被告乙山が専務と自称し、かつこのように呼ばれていることを知りながら、これを放置、黙認していた。

3 したがって、原告は、被告乙山が原告の専務取締役として締結した本件譲渡契約についての責を免れない。

(四)  合意解除

1 被告乙山は、昭和五六年一一月二六日、被告日東商事に対し、本件賃借権の譲渡を承諾してほしい旨の申入れをした。

これは、原告代表者自身が昭和五六年一月以降本件賃借権譲渡の意向を被告塚田に伝えていた旨主張していることと、本件店舗での営業が昭和五六年九月以降休業状態にあり賃料も同月以降三か月間連続して不払いとなったため、これを理由に被告日東商事から本件賃貸借の解除と返還を求められてもやむをえない状況にあったことからみて、被告乙山が原告代表者自身の意向をそのまま被告日東商事に伝えたものであるというべく、原告が本件賃貸借契約解除の申入れをしたことを意味する。

2 被告日東商事は、右同日、被告乙山に対し右譲渡を承諾する旨の意思表示をなし、右解除の申込みを承諾した。

よって、本件賃貸借契約は、右同日限り、合意解除により終了した。

(五)  契約違反による解除(その一)

1 本件賃貸借契約においては、賃料を二か月以上遅滞したときには催告なしに賃貸借契約を解除しうることが約定されていた(契約第一六条①)

2 ところが、原告は、昭和五六年九月以降同年一一月までの三か月間賃料の支払いを遅滞した。

3 そこで、被告日東商事は、原告に対し、昭和五七年九月二九日付本訴準備書面により、右賃料の不払いを理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は遅くとも、同日の本訴口頭弁論期日において原告訴訟代理人に送達された。

4 よって、本件賃貸借は、同日限り右解除により終了した。

(六)  契約違反による解除(その二)

1 本件賃貸借において、賃料の支払いを二か月以上遅滞したときは、催告なしに解除することができる旨の約定がなされていたことは、前記のとおりである。

2 ところが、原告は、昭和五六年一二月以降の賃料を支払わず、供託もしていない。

3 そこで、被告日東商事は、原告に対し、昭和五七年七月九日付本訴準備書面により右賃料の不払いを理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は遅くとも同月一四日の本訴口頭弁論期日において原告訴訟代理人に送達された。

4 よって、本件賃貸借は、同日限り右解除により終了した。

(七)  契約違反による解除(その三)

1 また、本件賃貸借契約においては、原告が正当な事由なく一〇日間以上営業を休止したときは、催告なしに賃貸借契約を解除しうることが約定されていた(契約第一六条①)。

2 ところが、原告は、昭和五六年九月以降正当な事由なく休業状態にあった。

3 そこで、被告日東商事は、原告に対し、昭和五七年九月二九日付本訴準備書面により右契約違反を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、該書面は同日の本訴口頭弁論期日において原告訴訟代理人に送達された。

4 よって、本件賃貸借は、同日限り右解除により終了した。

(八)  契約違反による契約解除(その四)

本件賃貸借契約においては、この契約に基づく賃借権の全部又は一部を第三者に譲渡、転貸し、又は営業の委託等名称や理由のいかんを問わず第三者に使用させてはならない旨の約定がなされていた(契約第八条)。

2 また、本件賃貸借契約においては、賃借人は他の借室人の迷惑になる行為をしてはならない旨の定めもなされていた(契約第一二条)。

3 ところが、原告は、昭和五六年三月頃以降本件店舗における営業を訴外宮部徹に委託した。右は、契約第八条の、この契約に基づく賃借権の全部又は一部を営業の委託等名称や理由のいかんを問わず第三者に使用させてはならない旨の定めに反するものである。

4 また、原告は、昭和五六年四月から八月にかけて本件店舗においてファッション喫茶(ノーパン喫茶)の営業を行わしめたが、このため本件店舗と同一の建物を使用している他の賃借人は、営業上著しいイメージダウンを受け、多大な被害を受けた。右は、契約第一二条の他の借室人に迷惑となる行為をしてはならない旨の定めに反するものである。

5 よって、被告日東商事は、原告に対し、昭和五八年五月三一日付本訴準備書面により右各契約違反を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、該書面は、同日の本訴口頭弁論期日において原告訴訟代理人に送達された。

6 よって、本件賃貸借契約は、同日限り右解除により終了した。

(九)  信義則違反

1 被告塚田が本件譲渡契約の締結を斡旋し、被告股部が右契約の締結に応じたのは、原告代表者が署名捺印した権利譲渡契約書(乙第一号証)が提出されたからである。

2 もし、原告代表者の署名捺印のある右契約書が提出されなかったならば、右契約は存在せず、従って本件訴訟の提起もありえなかった筈である。本件訴訟の前提であり紛争原因となる外観は原告代表者自身が作出したものにほかならない。

3 右のごとく、紛争の原因となる外観を自から作出しておきながら、これより生じた紛争解決のための訴訟に要する弁護士費用を損害と称して被告らに賠償請求するのは信義誠実の原則に反するものであり、本訴損害賠償の請求は民法一条の規定に反し許されないものである。

五  抗弁に対する原告の認否と主張

(一)  抗弁(一)の事実(契約締結権限の授与)に否認する。

(二)  抗弁(二)の事実(表見代理の成立)も否認する。

被告乙山に対し被告日東商事ら主張のごとき基本代理権を与えたことはない。被告乙山が本件店舗における営業に多少とも関係していたのは、昭和五四年一月頃より同年八月頃までのことにすぎず、その後は、同被告は、右営業に何ら関与していない。

また、被告日東商事ら主張のごとき正当事由は存しない。このことは、請求原因(三)において述べた各事情と、被告日東商事において被告乙山の権限、立場に疑問を抱き本件譲渡契約の締結に先立ち、訴外会社に被告乙山の個人信用調査を依頼していることからみて明らかである。

しかも、本件賃貸借契約におはいは、原告が本件店舗の賃借権を譲渡するに際しては二か月前に書面をもって被告日東商事に通知することになっているのであるから、原告が正規に本件店舗の賃借権を譲渡するときは、当然、右通知の手続がとられるものであり、被告日東商事としても、当然、右書面による通知の有無を確認し、右手続を履践すべきである。しかるに、被告日東商事や被告塚田が原告から右書面による通知を受領することなく、前記のとおり手続を進めていることは、同被告らが、被告乙山が正当な権限を有しないことを知りながら、請求原因(三)で述べたとおりの理由によりあえて右手続を進めたことを如実に物語るものであり、被告らの正当理由に関する主張が理由のないものであることは明らかである。

(三)  抗弁(三)の事実(表見代表法理による責任)も否認する。

請求原因(三)及び右(二)において述べたところから明らかなとおり、被告日東商事らは、被告乙山が何ら権限を有しないことを知っていたか、重大な過失により知らなかったものであるから、抗弁(三)の主張も理由がない。

(四)  抗弁(四)の事実(合意解除)は否認する。

(五)  抗弁(五)ないし(八)の各事実(契約違反による解除――その一ないし四)のうち、被告日東商事ら主張の各契約条項の存在、賃料不払い、ファション喫茶の営業と経営の管理委託及び契約解除通知の各事実は認めるが、その余の事実は否認する。

被告日東商事は、賃料不払い等の事実を不問に付して本件譲渡契約の締結を承認しこれによって延滞賃料を回収し、その後は、原告が本件店舗の賃借人であることを否定して、原告においてこれを使用収益することを拒否しているものであり、本件店舗の使用収益を拒否されている原告が、右拒否以後の賃料を支払わねばならない理由はない。

また、本件譲渡契約以前の賃料不払い等の事実を不問に付し右契約の有効なことを主張している被告日東商事が、自からの主張が認められそうにないからといって、何らの催告もなしにいきなり解除を主張することは許されない。

(六)  抗弁(九)の事実(信義則違反)は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一賃借権確認及び賃借権に基づく明渡請求について

一  請求原因(一)(本件賃貸借契約の成立)、同(二)(被告乙山による本件譲渡契約の締結)、同(四)(被告日東商事による原告の賃借権の否定と被告股部の占有)の各事実については、関係当事者間に争いがない。

二  そこで、被告日東商事ら主張の抗弁につき検討する。

(一)  抗弁(一)(被告乙山の処分権限)について

右事実については、これを認めるに足る証拠はない。《証拠省略》によれば、本件譲渡契約の契約書として提出された乙第一号証の原告名下に顕出されている印影は、原告代表者が保管していた原告の実印によって顕出されたものと推認されるが、それが顕出された経緯は明らかでなく、むしろ、《証拠省略》によれば、被告乙山が原告の実印を何らかの方法で盗用したのではないかとの疑いが強く、右契約書の原告名下の印影が原告の実印によって顕出されたものであるとしても、そのことから直ちに右契約書を真正に成立したものと推認することは相当でなく、他に、乙第一号証(右契約書)の成立ないし被告乙山に対する権限授与の事実を証するに足る証拠はない。

よって、抗弁(一)の主張は採用できない。

(二)  表見代理(民法一一〇条)について

本件譲渡契約締結当時、被告乙山が原告代表者から被告日東商事ら主張のごとく本件店舗の経営一切を任かされ、同被告ら主張のごとき代理権を授与されていたものと認めるに足る証拠はない。

もっとも、昭和五四年一月頃から同年八月頃までの間被告乙山が本件店舗における営業に関与していたことは原告において争わないところであり、右事実と《証拠省略》によれば、被告乙山は、本件賃貸借契約締結の際には原告を代理してその衝にあたったものであり、少なくとも右当時は、被告日東商事に対する本件店舗の賃料の支払いを含め右店舗の営業を原告のために行うべき代理権を授与されていたものと認めることができ、被告乙山が、かつて、被告日東商事らの主張する基本代理権を有していたこと自体はこれを肯認することができるというのが相当である。

そこど、被告日東商事らが主張する正当事由の有無について検討する。

被告塚田本人は、日頃、被告乙山から、同被告が原告の実質的なオーナーである旨の説明を受けていたうえ、原告代表者と結婚したことも聞き、本件譲渡契約締結当時、被告乙山が現に本件店舗に出入りしていたことや右譲渡契約締結に際し被告乙山が持参した契約書(乙第一号証)に原告の実印によるものとみられる印影が顕出され、かつ、そこには本件賃貸借契約書の原告の住所氏名と同一の筆跡と思われる筆跡で原告の住所、氏名が記載されていたこと等から、被告乙山が本件譲渡契約を締結する権限を有するものと信じた旨被告日東商事らの主張にそう趣旨の供述をするところ、右契約書(乙第一号証)の原告名下に原告の実印によるものと推認される印影が顕出されていることは前示のとおりであり、乙第一号証と成立につき争いのない甲第一号証、第三号証の一と対比すると、右契約書(乙第一号証)の原告の住所、氏名の表記と原告が本件店舗の賃借権を譲受けた際の権利譲渡契約書(甲第一号証)あるいは原告と被告日東商事の間の建物の一部賃貸借契約書(但し、再発行分、甲第三号証の一)の原告の住所、氏名の表記は、一見、類似しているようにみられないものでもないことが認められる。

しかしながら、《証拠省略》によれば、原告と被告日東商事が本件店舗の賃貸借契約を締結して間もない昭和五三年九月頃、原告が請求原因(五)2において主張するとおり、当時原告代表者と内縁関係にあった被告乙山が、原告の金員や本件賃貸借契約書や保証金預り証を持ち出して出奔したことがあり、その頃、原告代表者から被告塚田に対し、原告主張のごとき申入れがなされ、原告に対し右契約書や保証金預り証が再発行されたことがあったことが認められ(原告主張の頃に被告塚田に対しその主張のごとき申入れがなされ、右契約書等が再発行されたことについては争いがない)、右事実を参酌すると、前示被告塚田本人のいうような事実があったとしても、そのことから直ちに被告乙山が本件譲渡契約を締結する権限を有すると信ずるにつき正当な事由があったとは断じ難いというべきである。

被告日東商事らは、右原告主張の出奔等の事実があったとしても、被告乙山と原告代表者は、その後、内縁関係を復活したのみならず正式に婚姻し、被告乙山は本件店舗の営業に従事していたのであるから、右事実は被告日東商事ら主張の正当事由を否定する理由にならない旨主張するところ、その後、原告代表者が被告乙山と内縁関係を復活したのみならず正式に婚姻したことについては争いがないが、右被告乙山と原告代表者のごとき関係にある者の場合、一方が他方に無断で相手方の物件等についての処分行為を行うことはおうおうにしてみられるところであり、殊に本件の場合、被告乙山は、前示のとおり原告の金員と本件店舗の賃貸に関する契約書等を持出した前歴があり、被告塚田や被告日東商事としても原告代表者から前記のごとき申入れをうけてこれを充分承知していたのであるから、本件譲渡契約締結の衝にあたった被告塚田としては、原告代表者が右のごとき申入れをした後、被告乙山に対し、新たに処分権限を与えたことを表明したようなことでもあれば格別、かかる事情の認められない本件の場合においては、被告乙山の説明にのみ頼ることなく、直接、原告代表者自身に処分意思の有無ないし被告乙山に対する処分権限の授与の有無を確認すべきであり、被告塚田においてかかる確認作業を行っていない以上、被告日東商事らの右主張はたやすく採用できない。

そして、《証拠省略》によれば、被告股部は、被告塚田に被告乙山との交渉を一任し同被告がまとめてきたところをそのまま受け入れ、被告塚田の言に従って本件譲渡契約を締結したものと認められ、被告乙山の処分権限の有無についての確認、判断も被告塚田の判断に委ねていたものと推認されるので、被告股部が被告乙山に代理権限ありと信じたことについて正当事由があったか否かという点も、被告塚田がそう信ずるについて正当事由があったか否かによって決せられると解するのが相当である(もし、そうでなく、被告股部自身の認識に基づき右正当事由の有無を決すべきものであるとしても、《証拠省略》によれば、被告股部は被告乙山が原告の代表者でないことは承知しながら被告股部自身としては被告乙山の権限の有無について格別確認の方法を講じないまま本件譲渡契約の締結に応じたものと認められるので、被告股部が被告乙山に権限ありと信じたことについて正当事由があったとは認め難いというべきである)。

よって、被告日東商事らの表見代理に関する主張は採用できない。

(三)  表見代表(有限会社法三二条、商法二六二条)について

《証拠省略》中には、被告乙山は、日頃、原告の専務と称していた旨被告日東商事らの主張にそう趣旨の供述があり、被告乙山が自から原告の専務と称していたことは、右被告塚田の供述するとおりであるとしても、原告ないし原告代表者が、被告乙山において右のとおり専務と称しあるいはそのように呼ばれていることを知りながら、これを放置、黙認していたと認むべき証拠はない。

よって、表見代表に関する主張も採用できない。

(四)  合意解除について

被告日東商事らは、被告乙山が昭和五六年一一月二六日本件賃借権の譲渡承認を申入れたことをもって、合意解除の申入れであると解すべきである旨主張するが、同被告ら主張の事実があるとしても、そのことから被告日東商事ら主張のごとく右譲渡承認の申込みをもって合意解除の申入れであると解すべきものとは認め難く、それが原告代表者自身の意思であったと認むべき証拠もないから右主張は採用できない。

(五)  抗弁(五)ないし(八)の各事実、契約違反による解除―その一ないし四)について

被告日東商事ら主張の各契約条項の存在、賃料不払い、ファション喫茶の経営の管理委託及び契約解除通知の各事実については、当事者間に争いがなく、右事実のうち賃料不払い、経営の管理委託の点は被告日東商事ら主張の各対応条項に該当するものと考えられる。しかし、昭和五六年九月以降正当な理由なく休業状態にあったとの点については、《証拠省略》中には、本件店舗における営業につき昭和五六年八月下旬以降はほとんど店を閉めていた旨の供述があるものの、その具体的な休業期間ないし休業理由は詳びらかでなく、被告日東商事らが主張する正当な理由なく一〇日間以上営業を休止したことに該当するものとは速断しえない。また、ファション喫茶経営の点についても、《証拠省略》によれば、右喫茶店は、原告代表者が本件店舗における喫茶店の経営一切を訴外人に委ねたところ、同人が始めたものであると認められるところ、被告塚田本人尋問の結果によれば、本件店舗においてファッション喫茶の営業が始められた結果、他の借室人のなかにこれを嫌って立退いたものがあり、右ファッション喫茶の経営を行っていた訴外人は東京都条例違反ということで摘発をうけたというのであるが、仮に右塚田本人のいうとおりの事実があったとしても、ファッション喫茶の経営それ自体ないし右摘発の事実は、当然に他の借室人の借室利用を直接妨げるものとはいえず、これをもって直ちに原告が被告日東商事らのいうように他の借室人に迷惑となる行為をした場合にあたるとは断じ難い。

しかして、被告日東商事ら主張の各無催告解除の特約条項は、各該当事由を理由に催告をしないで当該契約を解除しても不合理と認められない事情がある場合に催告なしで解除権を行使することが許されることを定めたものと解されるところ、賃料不払い及び経営の委託の点において履行遅滞ないし契約違反の該当事実があると認むべきことは前示のとおりであるが、《証拠省略》によれば、本件店舗におけるファッション喫茶の営業は昭和五六年四月頃から始められたものであり、その賃料の支払いも、少なくともその頃以降は被告乙山を通じてなされていたものの一部滞納のある状態で遅れ気味であったこと、被告塚田は、右ファッション喫茶の営業や賃料の滞納の点について被告乙山に苦情を申入れていたが、被告乙山からファッション喫茶とはいえ本件店舗を喫茶店として使用している以上契約に反するものではない旨反論され、また、延滞賃料も解除原因となるべき直前の時点で支払われるという状態であったので契約を解除することもできずにいたところ、同年九月頃には、かねて本件店舗の賃借権を他に譲渡したいとの意向を示していた被告乙山から右譲渡の意思が明確に示され、そうなれば右ファツション喫茶経営の点や賃料延滞の問題が一挙に解決されることから、被告塚田としても、その頃以降は、賃料の支払いについてやかましい請求はせず、被告乙山の申出に協力して権利譲渡の広告を出すなどしたが、買手があらわれなかったこと、そこで、被告塚田は、知人である被告股部に本件店舗のことを話し、被告乙山と権利の譲渡条件について話合った結果、昭和五六年一一月二六日に本件譲渡契約が成立し、その中で延滞賃料の支払いも精算されたことになったこと、そして、同年一二月に入って右譲渡契約が締結されたことを知った原告代表者が被告塚田に右譲渡契約は原告の承知していないものである旨申入れて交渉を行ったが、被告塚田及び被告日東商事としては右契約は有効になされたものであるとの見解に立って原告代表者の右申入れを承認せず、これを拒否したため、本訴が提起されるに至ったものであることが認められ、右事実と前記(二)において判示したとおり被告乙山の権限について疑問を抱いてしかるべき事情もあったと認められることに照らすと、原告代表者から右申入れがあった時点において、被告塚田ないし被告日東商事の方で、まず、右譲渡契約の有効性を主張するのは当然としても、もし、原告の方で右譲渡契約をあくまでも無効というのであれば、前記のごとき賃料不払い、経営管理委託の点において債務不履行、契約違反があるので契約を解除する旨主張して接渉したにもかかわらず、原告代表者においてあくまでも右契約の無効を主張するのみで右債務不履行、契約違反の点の解消につき努力しなかったというような事情でもあれば格別、かかる事情もなく、むしろ、被告塚田ないし被告日東商事の方であくまでも右譲渡契約の有効性を主張して原告代表者の右申入れを拒否していた様子が窺われる本件の場合においては、本訴提起後になされた前記無催告解除をもって不合理でないと認むべき事情があるとは認め難く、被告日東商事ら主張の無催告解除の主張はいずれも採用できない。

三  以上のとおりとすると、結局、被告日東商事ら主張の抗弁はいずれも理由がなく、原告の被告日東商事に対する賃借権確認請求は理由があるというべきである。

また、被告股部に対する明渡し請求も、同被告において、原告が本件店舗の賃借人としてこれを占有していたことを承認し、かつ、これを前提としてその譲受けによって占有権限を取得した旨主張している本件のごとき場合には、右譲受けが有効なものと認められない以上、右賃借権に基づく明渡し請求を認めても、関係当事者の法的地位ないし権利関係について、格別不当な干渉ないし影響を与えるものではないと考えられるので、他に特段の事由が主張、立証されない限り、右明渡し請求は理由があると認めるのが相当である。

第二損害賠償請求について

一  まず、被告乙山に対する関係でみるに、《証拠省略》によれば、請求原因(一)ないし(四)及び(六)の各事実を肯認することができ、右事実によれば、被告乙山としては、右譲渡契約締結当時、被告乙山が右のごとき契約を締結すれば原告と被告日東商事や被告股部との間でその有効性をめぐって紛議を生じ原告が右被告らを相手として本件のごとき訴訟を提起せざるを得なくなることも予見しえたものというべきであり、原告の右被告らに対する請求を認容すべきときには、原告が本件訴訟遂行のために要した弁護士費用のうち事案の内容、審理の状況等に照らし相当と認められるものは、被告乙山の前記不法行為と相当因果関係にある損害として被告乙山に賠償を求めうるものと解するのが相当であるところ、前示のとおり被告の日東商事と被告股部に対する請求を認容すべきものと認められることと本件事案の内容及び審理の状況等に照らせば、原告の被告乙山に対する損害賠償請求は理由があると認めるのが相当である。

二  次に、被告日東商事らに対する関係でみるに、請求原因(一)(本件賃貸借契約の成立)、同(二)(被告乙山による本件譲渡契約の締結)、同(四)(被告日東商事による原告の賃借権の否定と被告股部の占有)の各事実について争いのないことは前示のとおりであり、《証拠省略》によれば請求原因(三)(被告乙山による本件譲渡契約の締結と譲渡金拐帯)の事実が肯認されるというのが相当である。

しかし、請求原因(五)1の事実(被告日東商事らが被告乙山の無権限を知りながら同被告の右不法行為に加担する意思で本件譲渡契約の締結に応じたこと)についてはこれを認めるに足る証拠はない。

また、請求原因(五)2の事実(被告日東商事らが被告乙山の無権限を知るべき状況にあったこと)についても、前示第一の二(二)の表見代理に関する項で判示した事実に照らすと、被告日東商事らにおいて被告乙山の権限について疑問を抱いてしかるべき状況にあったとも考えられる(被告股部については、被告塚田本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、本件譲渡契約の締結そのものは同被告自身が直接行っているが、そこに至る交渉については全て被告塚田に任せていたものであると認められるので、右被告乙山の権限の有無についての知、不知は、被告塚田の知、不知によって決せられると解するのが相当である)が、他方、同項の前段において判示したような被告乙山の権限の存在を推認させる事情もなかった訳ではないことを参酌すると、被告日東商事らが被告乙山に権限ありと主張したのも全く理由のないものではないというべく、かかる事情を考慮すると、被告日東商事らが被告乙山を相手として本件譲渡契約締結の交渉をし、右契約を締結したこと、及びその後、原告代表者から被告乙山の無権限と本件譲渡契約の無効を訴えられたときに、その有効なることを主張し、原告代表者の右申入れに応じなかったことをもって、直ちに原告に対する不法行為を構成するものと断ずるのは相当でない。

第三結論

以上のとおりとすると、原告の本訴請求中、被告日東商事に対する賃借権確認請求、被告股部に対する明渡請求と被告乙山に対する損害賠償請求は理由があるが、その余の請求は理由がないというべきであるから、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野茂)

〈以下省略〉

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